フクロウ 題字:書評


記憶力を強くする

―最新脳科学が語る記憶の仕組みと鍛え方―

池谷 裕二 著
講談社,ブルーバックス B-1315,269p,ISBN:4-06-257315-6,2001 (\980)
脳における記憶のメカニズム,特に海馬における電気生理学的機構について,読みやすく綴った解説書.タイトルはひねり過ぎだが,中高生でも無理なく読める,ブルーバックスらしい良書.【30 Mar. 2001

 記憶(覚える・思い出す)のうち,“覚える”を司るのが脳の「海馬」と呼ばれる領域.この海馬における記憶メカニズムの解明に携わっている研究者が,現在までの到達点をわかりやすく概説したのが本書だ.

 海馬は“古い”.すなわち進化論的に下等な哺乳類も持ち,それだけ重要な器官だ.だからというわけではないだろうが,海馬の脳細胞は,他にはない特性を持っている.
 例えば,海馬の歯状回と呼ばれる部位にある顆粒細胞は,増殖をする.そして三〜四ヶ月で全ての細胞が入れ替わってしまう(p.54)ほど,増殖速度が速い.さらに“覚える”行動を繰り返すことで,その数が増え,結果として脳が増える(p.28).すると,記憶力が増大するのだ.
 ごく一部とはいえ,脳は「使えば発達する」器官であり,そこが記憶に関係した部位であるということは,とても刺激的だ.

 ただ,本書にある,脳とコンピュータの比較の話は,ヘタレのロボット屋としてはやや疑問に感じた.
 計算機とは様々なアルゴリズムを実現するための箱にすぎず,よほどけったいな制約条件でも課さない限り,大抵の計算モデルは実装できる.だから,脳のメカニズム(計算モデルが)がもし明らかになれば,それは計算機上で実現可能.本文で対比として挙げている,オペランド学習や認識問題も,一部は計算モデルが確立し,計算機で実現できている.
 だから,脳と計算機(本文では何らかのアルゴリズムが入っていると仮定)を,現在できること/現在できていないことを基準に,比較すること自体が,かなりオカシイ.比較するなら,前者からメカニズムを取り除いた形でしかできまい.

 後半ではいよいよ,海馬神経細胞の電気生理学的機構に言及していく.著者はこの分野の専門家で,海馬における長期増強(long-term potentiation LPT)を起きやすくする薬の研究開発に従事している.
 海馬の神経細胞は“使われるものは強化される”という法則に則っており,閾値以上の刺激によって感度が上がるらしい.なぜ感度が上がるか? 神経細胞には,強い(閾値以上)刺激に対してのみ反応する受容体(NMDA)があり,NMDAが反応することで,細胞内に隠れていた,普段刺激を受け取る受容体(AMPA)が外に出てくるのだ.
 そして現在,著者の研究グループが発見したK90のように,NMDAの感度を上げることで,記憶力を高める薬の開発も進められている.

 6章では記憶力の鍛え方を挙げているが,分量的にも話の流れからも,これはおまけだろう.タイトルはこの章を真っ先に連想させてしまう(本当は意味が違うのだが).もう少しタイトルを考えて欲しかった.

 略歴を見て知ったが,この人出身高校が僕と同じだ.4歳年上.3年後に自分は本を一冊書けるか?無理だな.
 人の能力差とは年と共に大きくなるものだ,とわかっているつもりだが,たまに共通項を見つけてしまうと,どうしてもヘコんでしまう.う〜む.

 閑話休題.
 丁寧にやさしく,かつ入り込みやすいように,意識して前振りを書いているので,とっつきやすく,読みやすい.
 ブルーバックスらしさがよく出た良書だと感じた.また人生の針路を決めていない中高生に,ぜひ読んでもらいたい.


読了 2001.03
硬度 ☆□□
読みやすさ ☆☆☆
読む価値 ☆☆□
bk1での情報

目次

はじめに
第1章 脳科学から見た記憶15
第2章 記憶の司令塔「海馬」39
第3章 脳とコンピュータはどちらが優秀なのか?91
第4章 「可塑性」――脳が記憶できるわけ127
第5章 脳のメモリー素子「LTP」157
第6章 科学的に記憶力を鍛えよう185
第7章 記憶力を増強する魔法の薬225
第8章 脳科学の未来247
おわりに265
参考文献268

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